今日は6月26日。毎年この時期になると、一年の半分を誰かに盗まれた気分になるのは私だけだろうか。
こんにちは。私がKemiです。普段は出汁屋(広報)で活動しています。先週、皮膚科でシルファームの施術で麻酔、歯医者で親知らずの治療で麻酔、整形外科で陥入爪の治療で麻酔、
と1週間で三度も麻酔を経験しました。鈍痛、刺痛、雨あられと言った感じで、それはもうそれはもう。。。
近況話はこの辺にしておきまして、私は今回初めてコラムを書くことになりました。入社して4年ほど経ちますが、コラムの書き方もあまりわかっていない状態です。
それでは、なぜその私がコラムを書くことになったのか。
まずは、その経緯から知っていただくことにしましょう。時は6月8日まで遡ります。
夏の入り口が近づいている今日この頃。私は「想いをカタチに会」についてのコラムを書くことになった。
経緯としては以下の通りだ。
6月8日午後17時過ぎ、いつものように広報MTGが始まった。目の前にこっしー、左に武田さん、少し遠くのデスクには坂牧さんが座っている。
全員社内にいるのに、オンラインでMTGを敢行するというのは少し不思議な感じだ。
坂牧さんのパートで「これから想いをカタチに会毎に、コラム書いていきたいですね」という相談が持ち上がった。
「想いをカタチに会」はインビジョンの伝統であり、重要なコンテンツだ。コラムにした方が良いのは間違いない。
「多分、武田さん辺りが書くのだろうな」と思っていたのだが、私の左から「これはKemiですね」とあまりに真っ直ぐすぎる声が飛んできた。
まずいことになった。
この人が私に白と言ったらカラスも白になる。つまり、ほぼ100%に近い確率で私がコラムを書かなければならない。(ちなみに白いカラスは実際に存在する)
狼狽と興奮。締切まで時間が無いという焦りとコラムを書いてみたいという期待。
私の中にそんな二つの感情が芽生えていた。
だが、私は読書感想文すらまともに書いたことがない。小学生の頃、「原稿用紙一枚分書いてきましょう」という宿題に対して「そんなに面白くなかった。」とだけ書いて提出した人間だ。(勿論、職員室に呼ばれて怒られた)
さて、このコラムがどんなカタチになるか。ぜひこの先もどうかお付き合いいただきたい。
さて、「想いをカタチに会」とは簡単に言えば、
「3ヶ月ごとに行われる会社の経営計画の共有会」ということになるだろう。
毎年期初に今期の方針が共有される。ただ、3ヶ月も経過すると社内外の状況も変化し、それに伴い計画も修正が必要になってくる。
そのため、「想いをカタチに会」という行事を通して、経営計画の進捗や変更点が共有されるというわけだ。
「想いをカタチに会」をもっと知りたいという方は、こちらの記事などを読むことをオススメしたい。
https://www.invision-inc.jp/news/20230203-keieikeikaku-omoiwokatachinikai/
想いをカタチに会は基本的に以下の流れで進む。
全社的な方針・共有
チームごとの共有
休憩・乾杯・歓談
表彰
エンタメコンテンツ
さらに歓談
エンディングムービー
締め・解散
前半に全社的な共有とチームの共有があり、休憩を挟みつつ、表彰やエンタメコンテンツが用意されている。
最後はメンバーが撮影した写真や動画などを編集し、3ヶ月をエンディングムービーとして振り返る。
出社可能な人は出社し、出社が難しい人はMEETを繋いでオンラインで参加できる形になっている。
全社共有:誠吾さん
まず最初に、代表の誠吾さんからの共有。今回のテーマはこちら。
3年後に、「ごきげんなチームづくり東京都代表」になるというなかなか大きな目標だ。が、目標はやっぱり大きいほうが良い。
そして、大事なのは心技体と透明性ということで、
こんな感じに。この心技体と透明性については、後に続く人たちがそれぞれ語ってくれます。
誠吾さん自身は顧客・チームメンバー・パートナー・自分を幸せにするには、どうしていくべきかを図などを用いて語ってくれています。
そして、今回ポイントになったのが、
「船に乗るより漕ぐ人」と言いながら、本当に漕いでますか?という問題提起。
そして、やらない人・やる人・やり切る人・やり切る&考え抜く人がそれぞれもたらす影響。
この部分はスライドだけでなく、遊び心溢れる動画がありますので下記からどうぞ。
このスライドが画面に映し出された瞬間、全員の心が揺れていた。事前にスライドを見ていた私でさえも揺れた。
私は全員の背中が見える席から見ていたが、全員の心が揺れていた。(そのはずだ)
「舟に乗るより漕ぐ人」と言ってる自分たちは、本当に漕いでる人なのか。
本田圭佑ばりの自問自答である。温厚で柔和な感じでありながら、こういう発言をするのが吉田誠吾という人間だ。
さすが取引先から「羊の皮をかぶった狼」と言われるだけのことはある。
ただ、この問いかけはインビジョンにとって、非常に、とても、めちゃくちゃ重要だ。
漕ぎ手だと思っていた人間が単なる乗組員では、
これまでインビジョンと出会ってくれた人たちや、これからインビジョンと出会う人たちに落胆されてしまう。
「なんだ、インビジョンってこんなものか」と絶対に言わせてはならないのだ。
「やっぱ、インビジョンってすげぇな」と必ず言っていただけるためにも、
いま一度、私たちは自らの襟を正していかなければならない。
この問題提起は帰りのタクシーを待っている時も、若干エコーがかかりながら私の頭の中で渦巻いていた。
そのせいか、タクシーに乗った瞬間に思わず、運転手さんに「自分が運転しましょうか!」と言いそうになった。
しかし、「お客さん、シートベルトをお締めください」と一声かけられて、我に返れた。無事家にも帰れた。
ありがとう、運転手さん。
誠吾さんの全社共有に続いて、なるみさんから「心=価値観」について。
このような問題定義とどうしていくかの共有があり、
最後は、なるみさんの娘さんで締めというなんとも温かみのある共有でした。
続いて石井さんから、「技=顧客戦略」について。
このような問題定義と少しコマゴマとした石井さんらしい説明がありつつ、
最後は自らの写真と「主語は顧客」という締めでした。
続いて貞光さんから、「体=人事戦略」について。
このような問題定義とどうすれば自分たちが「ありたい姿」なれるかという共有があり、
最後は眩しすぎる笑顔という締めで終わる共有でした。
心技体の共有に加えて、「透明性=広報戦略」について。
このような問題定義と現在・未来の施策が共有されて、
最後は武田家で最近産まれたお子さんで締めという、再び温かみのある共有でした。
共有で赤ちゃんが二度も出てくるのが、なんともインビジョンらしいなと。
共有が終わった後、乾杯が行われる。煌びやかな夜の始まりの合図だ。
そして、乾杯が終わってそのまま表彰へと移行していく。
今回は15期4Qに加えて、15期通期の表彰も行われ、合計6名が表彰された。
メンバーからひとりひとりへの表彰コメントが書かれた表彰状授与。時に感極まり、時に笑いも起こる。
そんな表彰式となっているのがインビジョン流である。
表彰後は、みんなお待ちかねのお手製料理。今回は「消防うどん」とのこと。メンバーである元消防士の佐々木大地による愛情たっぷりの料理だ。
実際、毎回美味しいし、個人的には過去一で美味しかったと思う。なんかコチュジャンがすごく、なんか、良い感じだった。(語彙力)
うどんで腹が膨れて、お酒も入り、メンバーに微量の酔いが回ってきた中「人事組織講座」なるものが始まった。
各チームに分かれて、現在、チームとして出来ていること・出来ていないこと、これからすべきことなどを共有するというワークショップだ。
それぞれのチームから共有があり、私たちの所属する出汁屋+林檎屋が最後を務めることになってしまった。
私はてっきり坂牧さん辺りが、いつものように良い感じにまとめてくれると思っていたが、結局私とこっしーが前に出て発表することに。
それまでのチームは、チームの現状とこれから自分たちがチーム単位でどうしていくべきかを発表していた。
私は何を思ったか「営業は最大の広報であり、広報は最大の営業だ」と言い放ったのだ。
「営業のみならず、全社的にもっと広報的な視点を持って欲しい!」と生意気と思われても仕方のない発言を入社4年目の私が言ってしまったのだ。
チーム単位を超えた全社単位に向けた発言。まあ、なんということを。。。
よしんばお酒が入っていたならば、「ちょっと酔っていたし…」ということで若干の言い訳も出来るのだが、私は一滴のお酒も飲んでいなかった。
飲んだのは2杯のコーラと1杯の烏龍茶だけだ。
結果的に、「話は長かったけど、良いこと言ってたな」と各所からお言葉をもらったので、良しとしておけそうだ。。。
そして、これも毎回恒例のエンディングムービー。代表の吉田からのメッセージやこの3ヶ月であった出来事の写真や映像を編集し、
3ヶ月を振り返るという感じだ。ちなみにこのエンディング動画は、毎回私が編集している。入社して4年が経ったので少なくとも
10数本は作っていることになるわけだ。(ちょっと感慨深いものがある)
私以外のメンバーは想いをカタチに会で一発目を観るわけだが、私は編集の過程で2〜3回は観なければならないので、若干メンバーとの温度差が生まれてしまうのが、少しばかりもどかしい。
まあ、「良い映画は何回観ても良い」ということだから、そういうことでよろしくお願いしたい。
エンディングムービーも観終わり、会が締まるとそのあとの行動は個々に委ねられる。
ある程度歓談をして帰宅する人、終電間際まで歓談する人、終電を超えても歓談し続ける人。なぜかけん玉で大盛り上がりしてる人などなど。
(ちなみに、今回はけん玉で盛り上がってる人はいなかったが。)
「表現」というのは、他者と共有出来るカタチにしなければ成立しないものだ。それゆえに、どこかで抽象化する過程が必要になってきてしまう。
すると、個別の体験、私たちが浴びた感動などは、少しばかり抜け落ちていかざるを得ない。
なんとも言えない欠損感だが、その欠損感と引き換えに、全くの他人が同じように理解できるカタチを獲得することが出来る。
少なくとも、日本語を理解できる人ならば、このコラムの内容、今回の想いをカタチに会の様子の大凡は伝わっているはずだ。
本当ならば、コラムを読んだだけで想いをカタチに会に参加したことと同等の何かを得て欲しい。
だが、「コラム」という表現方法を使った時点で、純度100%のままを伝えることは難しくなってしまう。
結局のところ、想いをカタチに会の全てを体感するためには、来社して参加するしかないのだと思う。
経営企画の共有時の引き締まった雰囲気、表彰の時に起こる笑い、お手製料理の美味しさ、会が終わった時の健やかな気分はどうしたって参加しないと体感できないのだ。
このコラムを読んで、想いをカタチに会が気になったそこのあなた。ぜひ直接会社に来て参加して欲しいと思う。
(多分、事前に連絡すれば大丈夫なはず)
次回は8月末か9月初旬に開催する予定だ。
あなたと私たちで想いをカタチに会でお酒を酌み交わせることを心待ちにしています。
(私はお酒を飲まないが、酌み交わすという言い回しをなんか使いたくなったので、そこはご愛嬌ということで)
そんな感じでこのコラムを締めたいと思う。
6月25日、自宅でTraveling Without Movingを聴きながら
Kemi